いちばん大切な人

 


このあいだ 愛する娘と一緒にDisneyの映画「美女と野獣」を観に行った

そのアニメを娘が小さいときから 家族三人で何度も見たのを思い出す

始まって間もなく 溢れ出した涙は最後までまつげを濡らし続け それが乾くことなくラストシーンを迎える

もちろん 映画のように素敵なものではないかもしれないが 嫁さんと出会った頃のことが次々と頭の中を駆け巡り どうすることもできない

 

いちばん大切な人のことをずっと想っていた

 

横で静かに涙を流す娘が 何を感じていたのかはわからないが また違う意味で想い続けていたのかもしれない

 

 

スモールパンダであり嫁さんである真佐美と出会ったのは 1989年

私は二十八歳 真佐美はまだ二十歳

胸の奥の震えを はっきりと覚えている

 

それ以来 真佐美の人生は私と共にあり 満ち溢れたあらゆる可能性を私にくれたことになる

 

 

真佐美とは 何時の間にか一緒に出かけるようになり もともと二人とも口数が多い方ではなかったと思うが 二人でいるとお互いに気を使うことも無く 大いに盛り上がった

その後も 自然と一緒に出かける機会が増えていき その頃の私は そのこと自体に何の疑問も持つことは無かった

しかし今は これで良かったのかと自問する日々

 

 

何故にめぐり会うことができたのだろうか

何故に私のような者を受け入れてくれたのだろうか

何故に心が通ったのだろうか

思い返してみても それが不思議でならない

 

 

写真といえばフィルム この世にデジタルな写真が生まれるなんて思いもしない頃のこと 撮った写真は多くはないが 真佐美が大切に保管してくれていた

夜景をバックにどうやって写真を撮るのか そんなことも知らずに適当に撮った幽霊のような写真でも 二人が写っているだけで嬉しかったのが懐かしい

 

カメラごと海水をかぶったが 写真屋さんが何とか救ってくれたフィルム

埃が付いて傷が入ってしまったフィルム

どうしてもフィルムが見つからずに唯一残っている色あせたサービス版プリント

そんな状態が悪い写真ながら 一枚一枚が全て宝物

心を込めてスキャンした

 

 

はは〜ん ストロボが光っても動いてはいけないのか

スローシンクロによる撮影も少しはうまくなったかもしれない

 

 

 

 

男なら車やカメラといった機械ものが好きなのは普通だが 真佐美は女性ながら私が好きなものに同じように興味を示してくれた

時々 こうやって二人で写真を撮って遊んでいた訳だが この頃に使っていたカメラは親父のお下がりのCanonの一眼レフ

620だったか その型番すら思い出せないが このカメラのことは決して忘れたことがない

真佐美は 「キカイダー01」と勝手に名付けて とても大切にしてくれた

 

 

 

 

私達二人は 休日はもちろん 平日も時間が許す限り同じ時を重ねた

それは私にとって 生きる糧そのものになってゆく

一緒にいるだけで幸せで 他には何も要らないと心の底から想っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の車はMTだったが 教習所以来MTを運転したことがないという真佐美は またまたMTに興味しんしん

「運転してもいい」と聞く一言に ちょっとコツを教えると たちまち乗りこなした

真佐美は 私の車のことも気に入ってくれて 訳あって手放すことになった時は とても悲しそうにしていた

 

そんな真佐美が車を買うことになり 選んだのはユーノスロードスター

もちろんMTなユーノスを手足のように操り ワインディングロードでは 男顔負けのスピードで駆け抜けた

 

その後 子供が生まれてからもユーノスはわが家で「ちっちゃい車」と親しみを持って呼ばれ 二人乗りながら三人で仲良く乗っていた

それでも流石に限界が来て買い換えることになった時 今度はとても悲しそうな顔をする娘と共にユーノスが去るのを見送った

その日の夜中 娘が突然「ちっちゃいくるま〜」と寝言で叫んだのを 今でもはっきりと覚えている

 

 

同じ季節が何回か過ぎ去り 重ねる日々は二人の想いを深めてゆく

それでも わかっていたこととはいえ 二人の道に立ち塞がる障壁は思ったよりも高く厚い

その道の先に確かなことは何もなく どこに続くのかもわからない

歩いては立ち止まり そしてまた歩く ただただ 次の道へと続いていることを信じて

 

歩いても どこまで歩き続けても その障壁は高くなるばかりに思えた

そして この夢のような日々から覚めてしまう事を恐れるばかりでなく

覚悟していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲張るだけでは前に進めない

少なくとも二人の想いは同じ

真佐美と出会えたことそのものが 奇跡

いちばん大切な人と わかちあえればそれでいい

 

 

 

 

 

 

未来への道程が見えかかって来た頃 また違う困難が待っていた

真佐美は体調が急変 劇症的な症状を伴って緊急入院

いたって元気そうに見えていたが 実のところ深刻な病を抱えていた

 

一日も早い回復を祈る中 入院生活の中で医師から告げられた言葉はとても悲しいものだった

「この病気とうまくつきあっていきましょう」

えっ 治らないのか

「子供を授かることは難しいかもしれません」

そんな受け入れがたいこと

 

静かに絶える真佐美が とても愛おしく思えた

 

 

そして 気がつくと 二人の想いを重ねた歳月は五年近く

結婚式当日は 珍しく大阪の町にも雪が降り積もり 真っ白になった世界が祝福してくれた

 

授かった尊い命に流す大粒の涙は 儚い結晶よりも美しく

 

祝福されての 飛び切りの笑顔は きらめく結晶よりも眩しかった

 

 

授かった命はとても不安定で 真佐美は病院で長期に渡りベッドに釘付けの生活

薬の副作用か 手足は猿のように毛だらけになりながらも ひたすらおなかの中の子を想っていたに違いない

 

もう一人のいちばん大切な人が生まれた日は とてもとても陽射しが強く暴力的に熱い夏の日

二人の元気な姿と安堵に満ちた空気

そんなごく普通の幸せに包まれた

 

本当にようやくという感じでやってきた病院を後にする日

その時に写した娘を抱いた一枚の写真

この子を想う気持ちで溢れんばかりの表情

真佐美は この写真が気に入ったらしく 結婚式の写真から作ったテレホンカードと一緒に 肌身離さず持ち続けていた

 

 

何があろうとずっと二人の味方でいよう

何があろうと二人を守り続けよう

何があろうとずっと抱きしめていよう

 

I appreciate the miracle that I have met you