2016年8月10-11日
大峰 北山川 立合川
夢と厳…
立合川といえば、2013年7月に洞窟に落ちる大滝まで遡行したが、それは、とても忘れることのできない素晴らしい体験であったし、そのあまりに美しいゴルジュは今もって脳裏から離れない。その時から次なる計画は考えていたものの三年後の夏にようやく実現となった。
上葛川に車を一台デポし、もう一台でたちあいがわばしへ。
左岸沿いにある木馬道が途切れるところまで歩き、枝沢に沿って立合川へと降り立つ。見えている沢は穏やかそのものだが、これから始まる冒険に心高ぶる。
大滝から上だけでも相当長く、次々に出てくるであろう悪場を越えるのに要する時間も読めない。何より撮影という通常の遡行では考えられない時間も必要である。そんなことを考えると、何とか三日間の日程を確保したいところだが、ひこさんが、お盆休み中に仕事が入ったりもあって、うまくいかず。
それでも諦めきれないので、ひこさん共々10日に休みをもらって、10-12日の計画とした。
綺麗な淵を越えると、だんだんそれっぽくなってくる。
でも、大滝まで遡行したときと違い何故かヌルヌルが酷い。何でもないところでヌルっときて、その度に踏ん張るので、要らぬ力を使ってしまう。
泳ぎ一発目。
大きな壁が立ち塞がり、いよいよか。
沢が左に急転回し先が見えないが、上に見える滝は支流の滝で、第三ゴルジュの始まりで間違いなさそう。
高い壁と屈曲した流れが作り出す喉。その先が見えない得体の知れ無さに期待と不安が交差する。
右岸にある巨大な足のような竜の横顔のような岩を手がかりに、滝の落水だけでは説明できないような深い釜へと泳ぎ入る。
滝の水流に押されてか、そこしかないのか、対面の壁にへばりつき滝にご挨拶。
この先にも滝が連なるらしく、このままゴルジュの中を辿って滝とご対面したいところだが、とても無理。
第三ゴルジュの突破は通常この竜の顔のところから岩壁登攀して巻いているようだが、我々は少しだけ下流の岩壁の裏に活路を求める。ここから斜め右へと登っていけば岩壁の上に出て、やがて石積みのある旧木馬道と思われるところに出る。結局のところ、大きな変わりはないように感じた。
そのまま上流方行へと進んで適当なところから降りて沢に復帰。懸垂したか、してないか、う〜んどっちやったか。他にも何ヶ所かで懸垂したが、これまた何処でしたのかが思い出せない。
深い谷底にも木々をすり抜けた光が届き出し、きらきらと輝く。そんな夢のように美しいところを、ゆったりと泳いでゆく。
次は、大きな淵に二条の流れが注ぎ、その先が暗く狭まるいかにもな所。第四ゴルジュのお出ましか。
中へと入って行くが、もちろん突破は無理。
戻って左岸から巻いて行くと、上に続くのも素晴らしい造形。岩が抉り抜かれたようになっているが、門のように水を堰き止める壁は何故に残っているのだろうか。溢れる水が弱点を切り刻み、細い落口を形成したのだろうか。
人の短い一生では計り知れない悠久の時を感じる。
狭き通路から流れ出る美しき水に光が降り注ぎ、いくつもの光玉となって沢に浮かぶ。
その光玉は狭き喉を彩り、幻想極まりない。
喉の中は長く続くが、幸いにして難所はなく、幸福感に包まれる。
屈曲を繰り返すゴルジュは、何処までも続いているよう。
抜け出した先は明るく開けて、これまた美しいところ。
今度は、釜と釜をナメが繋ぐ天国のような佇まい。その美しさに打ちのめされる。
ぷかぷかと浮かぶひこさんが、白泡の噴出がちらりと見える溝に吸い込まれてゆく。
そんなとこ登れるのかと追いかけると、水流に洗われたひこさんが溝の中で固まっていた。両手両足を突っ張って何とか立ち上がるが、微妙にヌルヌルしていて上に進めない。どうにもならない状況に二人で顔を見合わせ大笑いしていた次の瞬間、何が起こったのかと思う間もなく、ひこさんが私の股の下を潜り抜けて流されていった。
とにかくツルツルのヌルヌルに水圧も手伝って、これぞ手も足も出ない状態。頑張ってはみたものの私も流されて壁に止まっていたひこさんに体当たり、またまた大笑い。
こりゃあかんと、戻って左岸から巻き上がり上から覗く。ひこさんは、もう一回トライしていたようだが、やはり諦めて同じように巻いてきた。
天国帯が終わると、ゴロゴロゴーロ。「立合川にはゴルジュとゴルジュの間にゴーロがあり、これが無ければと惜しまれる」云々などの記述を読んだ気がする。
実際にここへ来るまでは、少しくらいゴーロがあってもと思っていたが、これが思ったより長く、なるほどと思う。おまけに入渓直後から悩まされているヌルヌルも手伝って歩きにくさも満点。
写真では分かりにくいかもしれないが、中央の岩の上あたりにあるワイヤーのようなものは吊り橋の残骸。ここまで道があった証だが、どこから来てどこに続いていたのかが気になる。
そして、輝く大きな噴出が見えてきて期待の大滝の登場。
滝前は壁に囲まれた広い空間。しかしながら、そこが美しき水に満たされていることに驚く。立合川については色々と研究したが、この滝に、こんなに大きな壺があるとは想像だにしなかった。
偶然にも滝と壺に光降り注ぐ美しき時、壺フェチの私は、もうこれを見ることができただけで大満足。
この滝は、「関西起点沢登りルート100」をはじめとして、うしお滝としていることが多いが、どうなんだろうか。
私が知る限りの古い記録は、1967年の大阪わらじの会のものだが、この滝に滝名は無い。
次は1977年発行の新宮山の会の「南紀の山と谷」。遡行日は分からないが、それ以前なのは間違いないところ。ここでは、うしお滝は第八ゴルジュの出口にかかっている滝とされている。
そして、1982年初版の日本登山体系でも第八ゴルジュの出口の滝が、うしお滝。登山体系の立合川の記述は、ルート100と同じ吉岡さんだと思われるが、それぞれで違う滝が、うしお滝になっている。
また、樋上さんの「南紀の沢」では第八ゴルジュを越えた先の最後のゴルジュにかかる滝が、うしお滝が崩れたものではないかと考察している。
美しく躍動する軌跡と湛えられた色濃き透明な水、その明るい佇まいは、ここにこんな素晴らしい滝があったのかと思わせるもの。何時ものように時間が過ぎるのを忘れてしまう。
さてさて、先へ進まねばならない。右岸のルンゼから巻いて行くが、右の立った支稜を見ると、何となく小さく巻くことができそう。ルンゼから早い段階で支稜へと折り返し気味に取り付く。立った壁に気の抜けない巻きになるが、うまく小さく巻くことができた。
谷に戻ると、ゴーロというよりも大き目の岩が堆積。
しばらく行くと、また怪しげな雰囲気。
大きな壺があるだけで、沢は右に曲がっているのか滝は見えない。
右岸側から壺の縁に乗ると滝が見える。第五ゴルジュ入口の8mとされる滝のよう。
少し戻って左岸巻き。ここも取り付きからしばらくが、手がかり足がかりが弱く危うい。
次の滝は右岸から巻いたような?
第五ゴルジュを抜けると、またしばらくゴーロ。
ひこさんが何やら見つけて、一生懸命に撮影中。よく見ると、小さな蛇が自分より太い魚をくわえている。
カメラを向けられた蛇は、あっちを向いたりこっちを向いたり、かなり困っているよう。それでも、魚を放り出して逃げるでもなく、獲物への執念が凄い。
そろそろ泊地を探さねばと考えながら歩いていくと、しだいに沢が荒々しくなってきて、どうも第六ゴルジュが近そう。そんな訳で、また沢を戻り、適当な小場所に落ち着くことに。
焚き火に燻られながらの楽しい飯時。
三日間の予定だったが、明日の内に抜けることができるかもなんて話ながらも、かなり疲労を感じる。重荷を背負っての急な巻きもさることながら、ヌルヌルに足をとられて踏ん張りまくっていたのが大きい。
夜が明けて、飯を食ったら出発。う〜ん、やはり足が重い。荷物も重い。
少し進むと、思った通りに第六ゴルジュ。
泳ぎ必至な感じだが、朝から寒いので一応へつって見る。でも、無理なものは無理。
仕方が無いので泳いで行くが、思った以上に水が冷たく感じ、冗談では無く心臓が止まりそう。
ゴルジュの中には滝が待っている。上部の溝の中を左上から水が落ちてきていると思われるが、その流れが見えない故に、その抉り抜かれたような強烈な造形故に前進を阻む絶望感は頂点に達する。
あの中はどうなっているのだろうか。それを見たい想いも頂点に達するが、とても叶いそうに無い。
右岸に入るルンゼを見ると、それは見た目には緩く、おいでおいでと誘われているよう。しかしながら上部に張り出す嵓がやっかいなのかもしれないし、事前予習には右岸巻きは無かった。(帰ってから調べてみると右岸巻きも可能らしい)
予定通り左岸の急な壁から巻きを開始。ロープがあるとの情報もあったが、それは見当たらない。相当に立っていて際どいが、比較的しっかりとした木々があり、頑張って高度を上げていくと左岸に張り出した尾根のコルに登り出た。(赤ライン)
そこから上流方面には鋭く尖った尾根が伸びていて、まだこれを辿らねばならないのか。この時は、そう思った。下から滝を見ていた限りは上部で左に曲がっていて、何となく水色の破線のように水線が続いていると考えていたため、コルから緑のラインで上流へと降り立つ。そんなイメージを持っていたからだ。
ところがところが、ふとコルから東側を見ると平坦な河原が見えて、何であそこに河原があるのかと頭の中が???
まさか辿ってきた下流が見えている。いやいやそれはありえないし、河原までも近すぎる。
ここで地形図を広げ、さらにGPSの力も借りて、ようやく事のしだいを理解。左に曲がっていると思った流れは直ぐに右へと方行を変え、なんと180度転回して尾根を回り込み、水が真逆に流れていた。
それが分かれば後は簡単。結局のところ巻くというより尾根を乗越した形になり、このような巻きは初めての経験。
東側へと降り立ち、右岸側の砂利場でホッと一息。さっきまで、南に流れていた水が北へと流れている。
この辺りから第七ゴルジュ?
よく分からない。
U字状とされる滝。う〜ん、どこがU?
第八ゴルジュ。
またまた見事な造形が奥へと続いている。重なった塀で通せんぼされているようで、手強そう。
ひこさんが最初の滝に取り付くが、登れそうな登れなさそうな、何とも微妙そう。仕切り直してザックを滝頭へと放り上げると、簡単に登っていった。
続いて私も登ってみると、なるほど滝上に手がかりが乏しく苦しい。同じようにザックを上げて、立合川に入って初めて空身になる。すると、重い私でも羽が生えたのかのようにふわりと滝上へと浮き上がってびっくり。
右上のもう一段高いところへとプチ登攀。次の塀との間は深い落ち込みになっていて滝がかかる。事前予習で確認していた倒木が橋渡しになっているが、なんか思ったよりも細い。
私は恐いので、跨がって、おっちらおっちらと通過。
ひこさんは、颯爽と。
両岸とも圧倒的に高く、威圧感満点。その奥に滝が落ち、深き壺から美しき水が揺らぎ出てくる。
そう。いくつかの記録で、うしお滝とされている滝だと思う。しかしながら、40-45mとされる落差にはとても届かない。
かつて、このゴルジュは、もっともっと深く抉れていて、この滝がさらに下まで続いていたのかもしれない。あるいは、この滝の上には、まだ大滝が隠されているのか。
残念ながら我々は、この滝を登ることはもちろん、滝近くを巻いて滝頭にでる術を持っていない。
右岸から大高巻きに入る。ここも取り付きから急傾斜で苦しい登り。高度を上げて上げて、やがて目の前には屏風のように立ち塞がる壁。下流方向から迂回するが、また屏風。慎重にルートを見極め、僅かな屏風の隙間を縫うように進む。奇跡のように続いていた巻きルートに感謝。
谷に戻って下流を見ると、近付く壁が険悪な雰囲気。今思えば、確かめに行けば良かったと悔やまれるが、この時は、そんな気力が残ってなかった。
壁が低くなり、少し穏やかになるが、まだまだ続く第九ゴルジュと呼びたくなる渓相が美しい。
ゴルジュ感が増してくる中、左岸支流の滝を見送り少し行くと、壁に囲まれて行き止まり。
谷は左に急転回し、一際狭く陰湿な空間に吸い込まれてゆく。
静かに静かに中へ。ひんやり感に包まれて心地良い。
汚れ無き神秘なる光景。
そんなところに立っていると、行き詰まり感や幽邃感が極まってきて、ここまで来た達成感と、終わってしまう寂しさが交差する。
いやいや、まだ終わってない。左岸ルンゼから這い上がり、左の壁へと切り返して登る。ここも、なかなかに厳しい。
八丁河原から植林小屋へ。
本当に終わってしまった。ここらでもう一泊するか、このまま下山するか、迷いながらフラフラと歩いて行く。伏流になった水が復活する気配はなく、水を汲みに戻るのも億劫なので、このまま下山することに決定。
高度800mの二俣から笠捨山方面ではなく、ショートカットでの下山を考え左俣へと進む。左俣に入ると水が復活するが、もう関係ない。高度900から左の小尾根へと登り出すと、フラフラした歩みは、さらにフラフラ。当初からヌルヌルと格闘したのが効いているのか、魂が抜けてしまったのか、三歩進んでは立ち止まる感じ。なんとかなんとか上葛川に達し、二日間の幕を閉じた。
立合川。それは、高い側壁が作り出す圧倒的ゴルジュ。屈曲を繰り返しながら続く流れは、見事な造形と美しさを合わせ持ち、そこに入る者を夢の世界へといざなう。しかしながら、一方で長く続く遡行と高い側壁を登る厳しい巻きが待っている。
もう行くことはないだろう、行くことができないだろうと思った立合川。しかしながら、その溢れんばかりの魅力の方が勝ってきている…
ひこさん、どうもありがとうございました。
2013年7月 立合川大滝
撮影機材
OLYMPUS STYLUS TG-860 Tough
OLYMPUS OM-D E-M10 Mark II
M.ZUIKO DIGITAL ED 9-18mm F4.0-5.6
M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6 II
RICOH WG-4 GPS
楽しそうで、写真も綺麗で、羨ましいです
ぱうさん
ありがとうございます。
でも、とうの昔に行かれてるじゃないですか。
私は、やっと行くことができました。
昔に行ったことがあっても、羨ましいと思うことがあるもんですよ。因みに私は三度目の正直でした
ぱうさん
あ〜たしかに、そういうことありますね。
時間が経てばたつほど、しんどいのは忘れて、また行きたくなってきます。